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生きててくれよ

NPOは政治批判はダメ…。

という話をしたら、誰カが、「NPOのメリットって何かあるんですか?」

そうですね。ないです。今は。

NPO法ができたときは、「チェルノブイリへのかけはし」という名前で、事務所を契約したり、何より「電話帳」に名前が乗ることが、とても重要でしたから。

しかし、今、NPOは、【福祉削減の余波の受け皿】だったのだとよくわかりました。

うちのような、種類の活動はどこからも助成金をもらえないです。

福祉団体のように助成金で活動していて、対象者さんを抱えてるところは、絶対に、政治の批判をできないと思います。

それでは、いったい誰が、この貧困や日本全体の制度疲労の被害者を助けてくれるんでしょうか?

すでに、野党でさえも「批判はしない」と言い始めました。

資本家のやりたいことはなんでも許されて、宇宙まで行ける時代になりました。

お金は、運がよければめぐんでもらえる…そういうものになっていくんでしょうか?

批判…というのは、権力者に対してだけ、憲法で、【言論の自由、表現の自由、思想信条の自由】として担保されてるものです。

小児性愛ものを書いて商売していて「表現の自由…」を名乗っても所詮、金のために弱い物を商売道具にし、モラル崩壊を起こさせて【公共の福祉】を犯してるのです。

自分さえ良ければいい、というのが表現の自由ではない。けれど、そういう狭小で醜悪なものにすり替えられていく。

日本は、そうしてモラルも破壊され、生き方も追い詰められて、出口のないトンネルに追い込まれてるように思います。

まずは‥

生きててくれよ…と思います。

どんなに苦しくても、社会を変えてから、自殺を考えても遅くはないよ。

「生きててくれよ」と、あなたのためを願って動いてくれてる人たちもいる。

ググってみてください。

海に放り出された気分でも、端切れ一枚の板が流れてきたらやっぱりそれにつかまろうよ。

批判は家族や友達の中でしてもしょうがない。タコの足の共食いのようでしかないから。

政治を変えて自分のチャンスをたくさんつくるほうがいいです。

そして‥一人きりにならない。友達をつくらなくて結構。

毎日、住んでる界隈を散歩してるだけで、挨拶するだけの関係、商店でなにかを買うだけの関係、クリーニング出すだけの関係。
そこで、挨拶するだけの、それだけの深入りしない人間関係を保つだけでも、十分、社会的なのです。

嘘をつかなければ、話を合わせなければいけない、あるいは、おかしいと思ってることも言えない友達なんて、友達ともいえないんですよ。

自分のことを理解してくれる人なんて、人生に2~3人いるかいないか。いなくても不思議は無い。

むしろ、注意深く、避難口を確認してから、行動する癖をつけて、生き抜いていこう。

自分一人で生きていけないけれど、心から信頼できる人に出会えなくても、社会の悪制度は変える責任は、投票権を持ってたらある。

 

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